はじめに

 「親が亡くなったけれど、借金があるらしい…」「相続したくない財産がある…」このようなお悩みをお持ちの方は少なくありません。
 相続が発生すると、亡くなった方(被相続人)の財産は、プラスの財産(預貯金、不動産など)だけでなく、マイナスの財産(借金、未払い金など)もすべて相続人に引き継がれます。これを「単純承認」といいます。
 しかし、借金が多い場合や、相続に関わりたくない事情がある場合には、「相続放棄」という選択肢があります。2024年には全国の家庭裁判所で過去最多の約30万8,000件の相続放棄の申述が受理されており、近年ますます増加傾向にあります。
 この記事では、相続放棄とは何か、どのような手続が必要か、そして注意すべきポイントについて、わかりやすく解説します。

相続放棄とは

(1)相続放棄の基本

 相続放棄とは、亡くなった方の財産を一切引き継がないことを選択する手続です。家庭裁判所に申述して、受理されると、法律上「最初から相続人ではなかった」ものとして扱われます。
 相続放棄をすると、プラスの財産(現金、預貯金、不動産、株式など)を受け取る権利がなくなる代わりに、マイナスの財産(借金、ローン、保証債務、滞納税金など)を引き継ぐ義務もなくなります。

 重要なポイント:相続放棄は、一度受理されると原則として取り消すことができません。「やっぱり相続したい」と思っても後戻りできないため、慎重に判断する必要があります。

(2)相続放棄を検討すべきケース

 次のような場合に、相続放棄を検討されることが多いです。
 ①借金が財産より多い:亡くなった方に多額の借金があり、プラスの財産よりもマイナスの財産が明らかに多い場合
 ②相続トラブルを避けたい:他の相続人との争いに巻き込まれたくない場合
 ③特定の相続人に財産を集中させたい:例えば、実家を継ぐ長男に全財産を譲りたい場合など
 ④疎遠な親族の相続が回ってきた:長年連絡を取っていなかった親族が亡くなり、思いがけず相続人になった場合

(3)相続放棄の手続の期限

 相続放棄には期限があります。原則として、「自分が相続人になったことを知った日から3か月以内」に家庭裁判所に申述しなければなりません。この期間を「熟慮期間」といいます。
 3か月というと余裕があるように思えるかもしれませんが、葬儀や法要、日常生活を送りながら財産調査や書類の収集を行っていると、あっという期限が経過してしまいます。相続放棄を検討している場合は、早めに準備を始めましょう。
 なお、財産の調査に時間がかかる場合などは、家庭裁判所に請求することで期間を伸長できる場合があります。期限が迫っている場合は、司法書士等の専門家にご相談ください。

(4)手続の流れ

 相続放棄の手続は、次のような流れで進みます。
 ①財産調査を行う:まず、亡くなった方にどのような財産(プラス・マイナス両方)があるかを調べます。本当に相続放棄すべきかどうか、慎重に判断しましょう。
 ②必要書類を集める:戸籍謄本などの書類を準備します(詳しくは後述します)。
 ③相続放棄申述書を作成する:裁判所のホームページからダウンロードできる書式に必要事項を記入します。
 ④家庭裁判所に提出する:亡くなった方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に、書類を提出します。郵送でも可能です。
 ⑤照会書に回答する:書類提出後、裁判所から質問状(照会書)が届くことがあります。照会書が届いた場合は、相続放棄の意思確認などの質問に回答して返送します。
 ⑥受理通知書を受け取る:裁判所が相続放棄の申述を受理すると、「相続放棄申述受理通知書」が届きます。これで手続完了です。

(5)必要な書類

 すべての場合に必要な書類は次のとおりです。
 ・相続放棄申述書
 ・亡くなった方の死亡が記載された戸籍謄本
 ・亡くなった方の住民票の除票(または戸籍の附票)
 ・相続放棄する方の戸籍謄本
 ・収入印紙800円分(相続放棄する方1人につき800円分)
 ・郵便切手(金額は裁判所により異なります)
 なお、亡くなった方との関係(配偶者、子、親、兄弟姉妹など)によって、追加で必要になる書類があります。詳しくは、管轄の家庭裁判所または司法書士にお問い合わせください。

(6)費用の目安

 ご自身で手続する場合は、3,000円~5,000円程度(収入印紙代800円+戸籍謄本の取得費用+郵便切手代など)。司法書士に依頼する場合は、司法書士の書類作成費用が別途必要になります。

相続放棄をしたらどうなる?

(1)相続人の範囲が変わる

 相続放棄をすると、その人は「最初から相続人ではなかった」ものとして扱われます。これにより、他の相続人の相続分が増えたり、次の順位の人に相続権が移ったりします。
【相続順位の基本】
・配偶者:常に相続人
・第1順位:子(子が亡くなっている場合は孫)
・第2順位:親(親が亡くなっている場合は祖父母)
・第3順位:兄弟姉妹(兄弟姉妹が亡くなっている場合は甥・姪)
 例えば、子ども全員が相続放棄をすると、親(第2順位)に相続権が移ります。親も放棄すると、兄弟姉妹(第3順位)に移ります。

 重要:相続放棄をしても、裁判所や役所から次の順位の相続人に自動的に連絡がいくわけではありません。次順位の方に借金などの負担が移る可能性がある場合は、相続放棄をしたことを伝えておくと、後々のトラブル防止になります。

(2)子どもへの影響(代襲相続は起きない)

 通常の相続では、相続人が亡くなっている場合、その子ども(孫)が代わりに相続する「代襲相続」が起こります。しかし、相続放棄の場合は代襲相続が起きません。
 例えば、お父さんが亡くなり、その子であるあなたが相続放棄をした場合、あなたのお子さん(お父さんから見て孫)には相続権が移りません。これは相続放棄を検討する上で安心できるポイントの一つです。

(3)相続放棄の注意点

 やってはいけないこと(法定単純承認)
 相続放棄を考えている間に、うっかり特定の行為をしてしまうと、「単純承認をした」とみなされ、相続放棄ができなくなることがあります。これを「法定単純承認」といいます。
 相続放棄できなくなるおそれがある行為の例:
 ①相続財産を処分する:不動産を売却する、預貯金を引き出して使う、車を廃車にするなど
 ②相続財産の名義を変更する:不動産や車を自分名義にするなど
 ③遺産分割協議に参加する:「誰がどの財産をもらうか」の話し合いに参加してしまうと、相続を承認したとみなされます
 ④相続財産から借金を返済する:亡くなった方の預金から借金を返済するなど
 ⑤3か月の期限を過ぎる:熟慮期間内に何もしないと、自動的に単純承認したものとみなされます
 相続財産の状況を調査するだけなら、法定単純承認にはあたりません。
 相続放棄を検討中の方は、亡くなった方の財産にはできるだけ手を付けず、早めに司法書士等の専門家にご相談ください。

(4)相続放棄後の「保存義務」について

 「相続放棄をすれば、あとは何もしなくていい」と思われがちですが、必ずしもそうではありません。この点、2023年4月施行の改正民法により、相続放棄後の責任が明確化されました。
 相続放棄をしたときに、相続財産を実際に管理・占有していた場合は、その相続財産を次の相続人または相続財産清算人に引き渡すまでの間、適切に保存する義務を負います。
 例えば、亡くなった方と同居していた場合は、その家を次の相続人に引き渡すまで、壊したり損傷させたりしないよう注意する必要があります。
 一方、実際に占有していない財産については保存義務を負いません。遠方にあって管理していなかった不動産などは、法改正によって相続放棄後の責任を問われにくくなりました。

(5)相続人全員が放棄した場合

 すべての相続人が相続放棄をした場合、相続財産は最終的に国のものになります(国庫に帰属するなどと言います。)。
 ただし、財産を現に占有している相続人は、「相続財産清算人」が選任されて財産を引き渡すまで、保存義務を負い続けます。この義務から解放されるには、家庭裁判所に、相続財産清算人の選任を申し立てる必要があります。
 なお、相続財産清算人の選任には、予納金が必要になることがあります。詳しくは家庭裁判所にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 相続放棄は自分一人でもできますか?
A. できます。相続放棄は各相続人が単独で行えます。他の相続人の同意は必要ありません。

Q. 3か月の期限を過ぎてしまいました。もう相続放棄できませんか?
A. 必ずしも諦める必要はありません。借金があることを後から知った場合、相続人になったことを知った日が遅い場合などは、相続放棄できる可能性があります。すぐに司法書士等の専門家にご相談ください。

Q. 生前に相続放棄はできますか?
A. できません。相続放棄は、亡くなった後でないと手続できません。生前に「相続放棄する」という約束をしても、法的な効力はありません。

Q. プラスの財産だけ相続して、借金だけ放棄することはできますか?
A. できません。相続放棄は「すべての財産を放棄する」か「すべての財産を相続する」かの選択です。プラスの財産とマイナスの財産を分けて選ぶことはできません。なお、プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を引き継ぐ「限定承認」という制度もありますが、相続人全員で行う必要があり、手続も大変複雑であるため、あまり利用されていません。

Q. 相続放棄をしたことは他の人に知られますか?
A. 裁判所から他の相続人や親族に自動的に通知されることはありません。ただし、債権者などの利害関係者は、裁判所に問い合わせることで相続放棄の有無を確認できます。

司法書士等の専門家への相談をおすすめするケース

 相続放棄の手続自体は、ご自身で行うこともできます。しかし、次のような場合は司法書士等の専門家への相談をおすすめします。
(1)財産の全容がわからない、借金があるかどうか不明な場合
(2)3か月の期限が迫っている、または過ぎてしまった場合
(3)第2順位・第3順位の相続人として相続放棄する場合(必要書類が複雑になります)
(4)相続財産に手を付けてしまった可能性がある場合
(5)相続人同士でトラブルになっている場合
 司法書士は、相続放棄のための書類作成や家庭裁判所への提出などをサポートいたします。相続放棄すべきかどうかの判断に迷っている場合も、お気軽にご相談ください。

おわりに

 相続放棄は、借金などのマイナスの財産を引き継がなくて済む有効な手段です。しかし、一度行うと取り消せない、期限がある、特定の行為をするとできなくなるなど、注意すべき点も多くあります。
 特に、「相続財産に手を付けてしまうと相続放棄できなくなる」という点は、知らずにうっかり行ってしまう方が少なくありません。相続が発生したら、早めに財産の状況を把握し、相続放棄を検討する場合は慎重に行動することが大切です。
 ご不明な点やお困りのことがございましたら、お近くの司法書士会または司法書士事務所にお気軽にご相談ください。

※この記事は、一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案についての法的アドバイスではありません。具体的なご相談は、司法書士等の専門家にお問い合わせください。

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