はじめに

唯一の代表取締役が株式を100%保有している、いわゆる「一人オーナー」会社において、オーナーが亡くなると、会社の役員や株主が不在となってしまいます。そのような場合、会社運営はどうなってしまうのでしょうか?
事例として、株式100株を発行する甲株式会社の一人オーナーであるAさんが20XX年8月1日に死亡し、以下の親族関係のなか、亡Aさんの長男であるCさんがすべての株式を相続し、代表取締役として事業を承継するという事案をもとに説明いたします。

2つの地位の承継

一人オーナーには、株主と取締役(代表取締役)の2つの顔があります。
相続の場面では、株主の地位は株式を相続する相続人に承継されます。一方、取締役の地位は当然には相続人に承継されません。株主総会で取締役として選任され、就任することによって生じる取締役と会社の委任関係は、取締役の死亡により法律上当然に終了するためです。
代表取締役で一人オーナーであるAさんが亡くなると、会社運営をする取締役が不在になってしまいます。そこで、Aさんの相続人が、後任の取締役としてCさんを選任し、就任した取締役(代表取締役)であるCさんが会社の業務を執行するということになります。

株式承継の方法

相続が発生した場合には、遺言書の有無によって、株式の承継の方法が変わります。
遺言書がある場合には、遺言書の内容に基づいて、財産を承継することになります。Aさんの遺言書に「長男Cに全財産を相続させる。」や「甲株式会社の全株式を長男Cに相続させる。」といった内容のものであれば、Cさんが甲株式会社の全株式をスムーズに承継することができるわけです。
一方、遺言書がない場合には、相続人全員で遺産分割協議を行い、会社の株式の承継者を決めることになります。なお、遺産分割協議の前工程として、亡Aさんの出生から死亡までの戸籍謄本等のほか、相続人であるBさん・Cさん・Dさんの戸籍個人事項証明書を収集し、相続人の確定作業を行うことになります。

株式の評価と相続税

上場していない株式会社であっても株式は相続財産となりますので、相続税の課税対象となります。相続税については、株式を含むすべての財産が基礎控除を超える場合に必要となり、相続発生後約10か月以内に申告・納税しなければなりません。なお、その場合の非上場会社の株式の評価については、上場株式とは異なり、顧問税理士等に依頼のうえ算出するのが一般的です。

遺産分割協議「前」の権利関係

商業登記では、取締役等の役員に相続が発生してから2週間以内に役員変更の登記申請をするのが原則です。一方、相続財産の調査等には相応の期間がかかることが多いことから、相続人の確定後、遺産分割協議がまとまる前に、後任の取締役を選任するケースもあります。
遺産分割協議がまとまるまでの間の株式の権利関係は、相続人の全員が被相続人名義のすべての株式を共有します。Bさんが50株、Cさんが25株、Dさんが25株を保有し、それぞれで権利行使できるわけではなく、Bさん、Cさん、Dさんの3名で100株全体を共有している状態となります。
株式が共有のまま相続人が権利行使する場合、相続人の中から権利行使者1名を指定することができ、権利行使者を指定する場合は、法定相続分の過半数によって定めることになります。法定相続分の割合は、妻であるBさんが4分の2、子であるCさんとDさんがそれぞれ4分の1であり、Bさんと、CさんまたはDさんの同意があれば、法定相続分の過半数を満たすため、権利行使者を指定することができます。仮にCさんを権利行使者に指定する場合、BさんとCさんが同意し、Dさんが同意しなかったときでも、同意しなかったDさんの法定相続分を含めて、Cさんは100株全部について権利行使することができます。

株主総会の決議

通常、株主総会の決議を行うためには、取締役が株主総会を行う旨を決定し、株主に対して招集手続を行いますが、一人オーナーの相続により、取締役が不在となるため、株主総会の実施の決定や招集手続を行うことができません。例外的に、株主全員の同意がある場合には、全員出席総会として、招集手続なくして株主総会の決議を行うことができます。
遺産分割協議前でも先ほどのとおりCさんが権利行使者に指定されますと、唯一の権利行使者であるCさんのみで株主総会の決議を行い、Cさんを取締役に選任することができます。

役員変更登記

株主総会で選任された取締役が1名の場合には、選ばれた取締役が当然に代表取締役の地位に就きます。そこで、先ほどのようにCさんが取締役として選任されますと、Cさんが代表取締役として役員変更登記を申請することになります。具体的には、取締役・代表取締役であったAさんの死亡の登記、Cさんの取締役・代表取締役の就任の登記を甲株式会社の本店を管轄する法務局に申請します。
登記申請の添付書類として、Aさんの死亡登記に関しては、Aさんの死亡記載のある戸籍抄本等、親族からの死亡届、死亡診断書、法定相続情報一覧図等のうち1点が必要となります。Cさんの取締役及び代表取締役の就任の登記に関しては、株主総会議事録、株主リスト、就任承諾書、印鑑証明書が必要となります。あわせて、Aさんが法務局に届出をしていた印鑑、いわゆる会社実印や、会社の印鑑証明書を取得するための印鑑カードも、印鑑届書を法務局に提出することによってCさんが引き継ぐことができます。
Cさんが甲株式会社の代表取締役として登記されると、その旨の記載のある登記事項証明書や会社の印鑑証明書を取得のうえ、契約締結や法人口座等の代表者変更の手続といった、対外的な事業活動を行うことができるようになります。

遺産分割協議

相続財産の調査が完了すると、遺産分割協議へ進むことになります。
遺産分割協議には、相続人全員の合意が必要です。株式以外の相続財産がある場合には、相続人間の意向をふまえて遺産分割協議を行うことになります。
遺産分割協議の結果、Cさんが株式を承継することに決まれば、株主名簿の名義を亡AさんからCさんに書換えをします。なお、売買や贈与とは異なり、相続によって株式を取得した場合には、会社による株式の譲渡承認の決議等は不要です。

おわりに

会社の一人オーナーが亡くなると、会社の事業活動が停滞するおそれが高まってしまいます。事業活動を早期に再開するためにも、相続人の確定と役員変更の登記手続等を速やかに行う必要があります。
一人オーナーの相続の一連の手続については、相続や商業登記の専門家である司法書士がワンストップでサポートすることが可能です。司法書士は、相続における相続人確定のほか、役員変更登記に必要な書類作成、法務局への登記申請を代理して行います。
司法書士への相談や依頼のルートとしては、「しほサーチ」によって最寄りの司法書士を検索したり、各都道府県にある司法書士会に問合せしたりすることにより司法書士を紹介してもらうことが可能です。
一人オーナー会社で相続が発生したような場合、まずは司法書士に相談してみてはいかがでしょう。

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