はじめに

 昨今の家族の事情により、亡くなった方(以下「被相続人」といいます。)の財産を承継しないとの選択をする方が増えてきています。
 令和5年司法統計年報によりますと、相続放棄の件数としての指標である全国の家庭裁判所における「相続の放棄の申述の受理」の件数が、28万2785件となっています。この件数は、その5年前(平成30年)の件数と比べて、6万7000件以上(平成30年 21万5320件)の増加となっています。
 被相続人の相続手続を行うため法定相続人に連絡を行うにあたり、ある相続人の一人から「私は相続放棄をしたので」と言われてしまった場合にどうすればいいのか、以下において解説をいたします。

相続放棄とは

 相続放棄とは、被相続人の財産を一切相続しないことを家庭裁判所に対して申述し、被相続人の権利と義務を放棄する法的手続のことをいいます。
 この相続放棄をすることにより、被相続人のプラスの財産(預貯金、不動産など)もマイナスの財産(借金、負債など)も含め、全ての相続財産(被相続人が生前に有していた財産のことをいいます。)について、自らの権利を放棄することとなります。

 この相続放棄は、主に民法938条から940条までの規定に基づいて行われます。
 相続は、被相続人が亡くなった時点より開始します(民法882条)が、相続人には「単純承認」「限定承認」「相続放棄」と、相続について3つの選択肢が与えられています。
 「単純承認」とは、相続人が被相続人の土地の所有権等の権利や借金等の義務をすべて受け継ぐことを承認すること(民法920条)であり、「限定承認」とは、被相続人の債務がどの程度あるか不明であり、財産が残る可能性もある場合等に、相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐこと(民法922条)をいいます 1
 これらの中でも、相続放棄は、主にマイナスの財産が多い場合等、相続による法的責任を回避したい場合に選択されるケースが多くあります。

 相続放棄をするポイントとして、プラスの財産は受け取るがマイナスの財産は引き継がない、プラスの財産のうち不動産だけは相続するが他の財産は不要といった選択ができるわけでなく、全ての相続財産を放棄する(相続人としての地位を放棄する)ということです。
 一般的に、相続人から「相続を放棄します」とのコメントがある場合は、この相続放棄を指すのか、または遺産分割協議において相続人としてプラスの相続財産を受け取らないとの趣旨で用いられているのか、いずれの場合も想定されるため、その相続人から相続放棄をすることの意味合いをしっかりと聞き取る必要があります。

  • 1
    裁判所ホームページ(https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_25/index.html)

相続放棄の手続について

 以下では、相続放棄を行うための手続について記載します。

(1)熟慮期間

 相続人は、相続放棄をする場合、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所で手続を行う必要があります(民法915条1項)。
 この期間のことを「熟慮期間」といい、相続財産の調査期間を確保するため、また、相続関係の早期安定という相続債権者や後順位相続人の利益を考慮したものとして定められた期間です。
 この熟慮期間内に判断がつかない場合は、家庭裁判所に対して熟慮期間の伸長を申し立てることも可能です(民法915条1項ただし書)。

(2)家庭裁判所への申立て

 相続放棄を行うには、管轄の家庭裁判所に相続放棄の申述のための申立書を提出する必要があります。
 管轄の裁判所は、相続開始地(被相続人の最後の住所地)の家庭裁判所となります。
 また、相続放棄の申述のための申立てには、申立書と併せて、一般的に下記の書類が必要とされています。
 ※同じ書類は1通で足ります。

【基本】
□被相続人の住民票除票又は戸籍附票
□被相続人の死亡の記載のある戸籍全部事項証明書(戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本)
□申述人(相続放棄をする人)の戸籍全部事項証明書(戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本)

【被相続人の直系尊属が相続人である場合】
□被相続人様の出生から死亡までの全ての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本

【兄弟姉妹が相続人である場合】
□父母(祖父母)の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本

 相続放棄の申述の申立て後、家庭裁判所が申立て内容を審査し、相続放棄の申述の受理に関する審判を行います。
 この審査の間に、家庭裁判所から「照会書」という書面が送付されることもあります。
 この照会書には相続放棄の申述の申立書の内容を直接裁判所が質問をする内容の書面となっており、相続放棄の申述の申立てを行った相続人は、照会書の質問事項に正確に回答し、期限内に返送をすることを要します。

(3)相続放棄の効果

 家庭裁判所は、相続放棄の申述の申立書を受け付けた後、裁判所による審理を行い、その結果、相続放棄の申述を相当と認める場合には受理する旨の審判を行います。
 この審判がされて初めて、相続放棄の効力が生じ、相続放棄の申述をした相続人は相続開始時から相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。
 相続人とならなかったものとみなされるということは、被相続人の相続財産に関する一切の権利と義務を失い、以後の相続手続に関与する必要がなくなります。
 なお、この家庭裁判所の審判がなされると、裁判所より相続放棄の申述をした者に対して相続放棄の申述を受理した旨の通知書が送付されます。

 このように、相続放棄が成立すると、最初から相続人でないものとして取り扱われることとなりますが、一方で、相続放棄が成立することにより、他の相続人への影響やその後の行為による影響、さらには他の相続人が相続放棄を知らない場合に新たなトラブルが発生する可能性もありますので、その点を次に記載します。

相続放棄の留意点

(1)他の相続人への影響

 相続放棄を行うことで、相続人の地位が他の相続人または次順位の相続人に移ります。
 相続放棄は相続人個々の意思に基づいて行うもののため、相続放棄をする相続人とそうでない相続人が生じることとなり、また、相続放棄を行うことで他の相続人が相続放棄をした相続人から相続分を引き継ぐこととなります。
 また、例えば、第一順位の相続人全員が相続放棄を行った場合、第二順位の直系尊属(被相続人の父母、祖父母)が相続人となり、さらにその第二順位の相続人全員が相続放棄をすると、第三順位の兄弟姉妹が相続人となります(民法887条から890条までを参照)。
 このように、相続放棄をすることにより、他の相続人となる方が相続放棄をした方の相続人の地位を引き継ぐこととなり、もし、他の相続人が大きな債務を相続するような場合には、他の相続人も相続放棄をするのか、または相続を承認するのかを事前に調整をしておくことが重要です。

(2)法定単純承認になるような行為をすることに注意

 相続人が相続財産の全部又は一部を処分することで「単純承認」をしたとみなされる場合があります。これは、民法921条各号に規定されている単純承認であるため、「法定単純承認」といわれています。
 例えば、相続財産である不動産を売却することや、家屋を取り壊すことも処分にあたります。なお、葬儀費用の支払いをすること、生命保険のうち死亡保険金の受取について相続人が受取人として指定されている場合に受け取ることは相続財産の処分には当たらないとされています。
 また、相続人が相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私(ひそか)にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったときも法定単純承認事項とされています(民法921条3号)。
 いずれの場合も、相続放棄を行った後は相続財産についての対応は慎重に行う必要があります。

(3)相続放棄後の財産管理についての注意

 相続放棄をした相続人は、前述のとおり、全ての相続財産を放棄する(相続人としての地位を放棄する)こととなります。
 しかしながら、民法では、相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は相続財産清算人(相続財産を相続する相続人が全く存在しなくなった場合に家庭裁判所により選任される者のことをいいます。)に対して、相続財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならないとされています(民法940条)。
 相続放棄を行ったとしても、相続財産に属する財産を現に占有しているとき、例えば、被相続人の預貯金の口座の通帳を相続放棄後も引き続き持ち続けている場合や、相続放棄後も相続財産に属する財産である不動産に住み続けている場合は、引き続き保存義務が生じることとなります。
 そのため、相続放棄を行った後、手元に被相続人の財産がある場合には、他の相続人に早期に引き渡しをすることが求められます。

まとめ

 相続放棄は、相続人がプラスの財産とマイナスの財産の両方を全て放棄することとなる重大な意思決定です。
 この相続放棄の手続は、被相続人の負債を回避し、相続人自身の経済的負担を軽減する手段として有効ですが、前述のようにその意思決定を行うためには慎重な判断が求められます。また、相続放棄の判断は、相続財産の内容や共同相続人間の状況により、トラブルに繋がるおそれもあります。
 そのため、司法書士等の専門家の助言を受けて、相続放棄をすることについてのメリット・デメリットを十分に確認・理解をしてから相続放棄を行うか否かの判断をすることが重要です。
 まずは専門家である司法書士に相談の上、相続放棄の手続に関する不安を少しでも解消して進めていくことが肝要です。

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