通常の方式で遺言を残すことが難しい場合の遺言書の作成について
はじめに
遺言は「最後の意思表示」とも呼ばれています。自らの死後に、自己の財産などの権利関係を誰が、どのように承継するのか、遺言書を作成することによって意思表示をすることができます。
このように、遺言を作成すること=意思表示をすることになるので、自分自身が意思表示をきちんとできる状態で作成する必要があります。
例えば、認知機能や判断能力が低下してしまったり、事故等で昏睡状態になってしまうと、法的に有効な意思表示ができず、遺言を作成することはできません。
ですから、基本的には、自分の遺言書を作りたいと思っている場合には、元気なうちに作成しておくことが大切です。
遺言のルール
「あって良かった遺言書」(https://souzoku.shiho-shoshi.or.jp/column/002/(2024年3月4日))では、遺言書を作成することの重要性やメリット・注意点を解説しています。
上記の記事で解説しているように、遺言書を作成する場合は、法律に定められたルール(形式要件)を守って作成する必要があります。
例えば、遺言書を公証人の関与なく、自分自身のみで作成する場合は、自筆証書遺言の方式のルールに従って作成しなければなりません。法律で定められている作成のルールが守られていないと、せっかく書いた遺言書が無効となってしまい、死後に自分の意思表示が実現することが不可能になってしまいます。
自筆証書遺言を作成する場合は、財産目録等一定の事項を除いて、全文を自署し、署名押印をしなければなりませんが、病気や事故などで意識ははっきりしているのに、身体が思うように動かせず回復の見込みがないなど、病状等で全文を自署することが難しい場合もあるかもしれません。また、伝染病で隔離されている人や船舶の事故など、印鑑が手元にない中で急きょ遺言を残さなければならない人もいるかもしれません。
このような場合は、自筆ができないから、あるいは印鑑を押印できないから自筆証書遺言を残すことはできないの?と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、民法では、自筆証書遺言や公正証書遺言のほかに、上記のような特定の条件下にある人のために、遺言作成のルールを緩和し、特別方式として、危急時遺言、隔絶地遺言という方式での遺言書の作成を認めています。
特別方式の遺言は、特定の条件下で、普通方式の遺言が作成できない人のために、作成のルールが緩和されています。
特別方式の遺言には、
① 危急時遺言
② 隔絶地遺言
の2種類の方式があります。
危急時遺言は、死亡の危機があり、普通方式での遺言作成が困難な場合に、作成のルールを緩和して簡易的に作成される遺言です。危急時遺言には、一般危急時遺言と死亡の危機が迫った遭難した船舶等(航空機も含むと考えられます)においてさらに簡易な方式で作成できる難船危急時遺言という2つの方式があります。
ただし、難船危急時遺言は、通常証人等も同様の船舶に乗っていることが想定されるため、利用は少ないものと考えられます。
いずれも簡易的な手続きで作成できるため、家庭裁判所の確認が必要となります。
隔絶地遺言は、一般隔絶地遺言と呼ばれる、伝染病による行政処分によって、隔絶された場所にいる人が、警察官1名と証人1名以上の立会によって遺言を作成する方式と、船舶等にいる者が、船長又は事務員1人と証人2人以上の立会いをもって遺言書を作ることができるとされる船舶隔絶地遺言の二つの方式があります。
いずれも、警察官や船長等の関与があることから、家庭裁判所の確認は不要ですが、日常的に想定される事態ではないことから利用は少ないものと考えられます。
【遺言の種類(イメージ図)】

実際に死期が近い人が遺言を残すにはどうしたらよいか
死期が迫った人が、遺言をする場合は、全文を自署せずとも、以下の方法で遺言を作成することができます。
(1)死亡危急時遺言
①病気などの理由によって遺言者に死期が迫っている場合に
②証人3人以上の立会いをもって
③遺言者が証人のうちの一人に遺言の趣旨を口授し(口頭で伝える)
④口授を受けた証人が内容を筆記する
⑤筆記の内容を遺言者、他の証人に読み聞かせ(又は閲覧させ)
⑥各証人において内容が正確であることを承認し、署名押印する
ことで、遺言書の作成ができます。
この方式で遺言書を作成した場合は、証人のうちの一人あるいは利害関係人から20日以内に家庭裁判所に、遺言の確認手続を請求しなければなりません。
なお、そのほかの方式で作成する遺言と同様に、未成年者、配偶者や子などの推定相続人やさらにその推定相続人の配偶者や子などの一定の親族関係のある人は証人になれません。
ただし、これはあくまで死期が迫った人が遺言を作成するための特別方式の遺言なので、死亡危急時遺言を作成した後に、病状が回復し、普通方式での遺言を作成することが可能な状態となってから、さらに6か月生存した場合には、死亡危急時遺言は効力を失います。また、作成された書面には遺言者の関与がないので、本人の意思に基づくものか疑義が生じ、争いになるケースもあります1 。
死亡危急時遺言を作成するポイントは以下の通りです。
・証人が3人以上必要
・遺言者は、証人に遺言の趣旨を口頭で伝えればよく、自署の必要がない
・遺言者に署名押印するのは証人のみ
・証人又は利害関係人は、作成から20日以内に家庭裁判所への確認請求が必要
・遺言書作成後に病状が回復し、さらに6か月生存した場合は遺言の効力を失う
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1東京高判平成30年7 月18日判時2397号24頁
(2)公正証書遺言
公正証書遺言は、遺言者が希望する遺言の内容を、公証人と証人2名の前で真意であることを確認した上、公証人が文章にまとめたものを、遺言者及び証人2名に読み聞かせ(または閲覧させ)、内容に間違いがないことを確認し全員が署名押印して作成します。
法律の専門家である公証人が関与し、遺言作成のルールに従って作成されていることから、遺言の内容が無効となるリスクが少なく、必ず公証人による本人確認を行うため、本当に本人が作成したのかといった疑義が生じるリスクも少ないと言われています。
公正証書遺言を作成するためには、公証人のいる公証役場に出向かなければならないと思われる方も多いかもしれませんが、公正証書遺言は、公証役場以外の場所で作成することも可能です。公証人に自宅や病院などに出張してもらい、その場で、公証人と遺言者、証人2人の立会いをもって、公正証書遺言を作成することができます。
ただし、公証人に支払う手数料については、遺言公正証書作成にかかる所定の手数料(公証人手数料令9条別表)に加え、公証人の日当、交通費のほか、公証人手数料令32条の規定に基づき、遺言公正証書の作成が遺言者の病床で行われたときに該当する場合は、手数料額に50 %加算されることがあります。
公正証書遺言作成にかかる手数料の詳細については、お近くの公証役場に直接お尋ねください(日本公証人連合会ホームページhttps://www.koshonin.gr.jp/)。
おわりに
自分の「最後の意思表示」として作成した遺言書が、知らないうちに遺言作成のルールに反していて無効になってしまったり、遺言の内容を実現するときに内容が不十分で相続登記ができないなどの困難が生じてしまったりすることのないように、様々なリスクを考慮して遺言書を作成しなければなりません。
司法書士は、日頃から相続登記の専門家として、遺言者の意向を正確に反映した遺言書を作成することを支援しています。遺言書の作成や保管に関する相談や相続登記申請手続を適切に行うことができるよう助言をいたします。
司法書士に遺言書の作成支援を依頼した場合の費用は、公証役場における遺言書作成支援の報酬アンケートが実施されていますのでご参照(https://www.shiho-shoshi.or.jp/cms/wp-content/uploads/2014/02/7b6902377d481ddc7fe33ced428ce7cd.pdf#page=34)ください。
皆さまが安心して遺言書を作成することができるよう、司法書士が支援いたしますので、ぜひお近くの司法書士にご相談ください。