公益財団法人日本財団では1月5日を「遺言の日」として遺言の必要性を発信しています1 。同財団のアンケート調査(60歳~79歳男女2000人を対象)によれば「あなたは現在、ご自身に万が一のことがあった時の為に、財産の相続に関して遺言書を作成していますか。(単一回答)」との設問に対し、「既に自筆証書遺言書を作成している」との回答が2.0パーセント、「既に公正証書遺言書を作成している」との回答が1.5パーセントとなっています2

 平成29年度法務省調査「我が国における自筆証書による遺言に係る遺言書の作成・保管等に関するニーズ調査・分析業務」(55歳以上の約8000人を対象とするアンケート調査)においても、自筆証書遺言・公正証書遺言を作成したことがあるか尋ねたところ「自筆証書遺言を作成したことがある」との回答が3.7パーセント、「公正証書遺言を作成したことがある」との回答が3.1パーセントと報告されています。

 アンケート対象者の属性や人数によって数字に多少のばらつきはあるものの傾向は把握できるものと思われます。遺言を作成するメインの世代であっても遺言を作成済みの人は1割にも満たず、また自筆証書遺言と公正証書遺言の比較では、自筆証書遺言を作成している人の方が多いということが分かります。

 この記事ではまだ遺言を作成していない方、そのうち公正証書で遺言を作成したいと考えているものの公証役場まで足を運ぶことができない方のために、公正証書遺言とは何かということをあらためて解説し、公証役場まで行くことができない場合でも公正証書遺言を作成することができることを説明していきます。

  • 1
    同財団では「遺言の日」を一般社団法人日本記念日協会に登録し、相続のトラブルを少なくできる遺言書の作成の普及に努めている。
  • 2
    遺言・遺贈に関する意識・実態把握調査(2023年1月5日、日本財団)

公正証書遺言とは?

 自筆証書遺言と公正証書遺言の作成数に有意な差はないものと思われます(公正証書遺言の場合は公証役場における作成件数という正確なデータが存在する一方、自筆証書遺言は自宅などで作成するため作成件数をデータにすることができず、アンケート調査から推測をするしかないという事情があります。)。

 自筆証書遺言にも、公正証書遺言にもそれぞれの利点がありますが、遺言は厳格な要式行為ですので、自筆証書遺言を自宅などで作成して何らかの不備があるとせっかく作成した遺言が無効になるということになりかねません。

 公証人が執務している「公証役場」に出向き、公証人の面前で公正証書という形で遺言を作成しておくというのは、形式不備により遺言が無効とならないようにするための大きな理由になります。

公証人・公証役場

 公証人は、国家公務員法上の公務員ではありませんが、国が定めた手数料収入によって事務を運営しており、手数料制の公務員とも言われています。原則として、裁判官や検察官あるいは弁護士として法律実務に携わった者で、公募に応じたものの中から、法務大臣が任命しています(法曹有資格者に準ずる学識経験を有する者で、検察官・公証人特別任用等審査会の選考を経て公証人に任命されることもあります。)。

 全国で約500人の公証人がいますが、複数の公証人が執務する合同役場がありますので、公証役場の数は全国で約300か所になります。また、公証人の令和4年の年間手数料収入額(公証人が負担している役場維持費等の必要経費を除く前の額)は、全国平均で約3194万円と報告されています(令和6年2月27日規制改革推進会議スタートアップ・投資ワーキング・グループ参考資料1)。

公正証書遺言作成の流れ

3.1 公証人への事前相談

 公証役場に電話やメールで相談をするところから始まります。直接、公証役場に電話をすることもできますが、内容について司法書士などの専門家に打ち合わせをしてから進めると手続がスムーズに行くでしょう。

3.2 遺言公正証書(案)の作成

 内容を確認したうえで、公証人が遺言公正証書(案)を作成します。電話やメールのやり取りで進めることができますので、公証役場に足を運ぶ必要はありません。

3.3 作成日時と場所の調整

遺言公正証書(案)の内容が確定したら、実際に作成する日時・場所を調整します。

3.4 作成当日の手続

 ①証人2人以上の立会いのもと、②遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授、③公証人が遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、④遺言者及び証人が筆記の正確なことを承認して署名押印し、⑤最後に公証人が署名押印して完成になります(民法第969条)。

公証役場に行くことができなくても大丈夫

 公証人は公証役場においてその職務を行わなければならないとされていますが、遺言公正証書の作成については代理が許されないことを踏まえて、公証役場以外の場所において作成することができることとされています。

 遺言者が公証役場に出向くことができない場合、公証人が遺言者の所在場所まで出張することで公正証書遺言を作成することになります。実務上も病院や自宅などでの遺言公正証書の作成が行われています。

 公証人が出張する場合には、通常の手数料に加えて公証人の日当と旅費が別途必要です。

ウェブ会議では作成できないの?

 公証役場は全国に約300か所ありますが、公正証書遺言を残したいという方が公証役場に出向くことは必ずしも容易ではないことも考えられます。そのほかの選択肢はないのでしょうか。

 近年の技術の進展によりデジタル技術の利用が国民にとって身近な存在になったことを踏まえ、行政手続や裁判手続の全般にわたって、利用者の目線に立って利便性を向上させることが我が国の重要な課題となっています。公正証書の作成手続についても、令和3年6月に閣議決定された規制改革実施計画において「遅くとも令和7年度までに公正証書の作成に係る一連の手続のデジタル化を目指すこと」とされ、以後検討が続けられてきました。

 令和5年6月、民事執行・民事保全・倒産及び家事事件等に関する手続のデジタル化に併せて、民事執行手続で判決と同様に債務名義となり得る公正証書(遺言を含む。)についてもデジタル化を可能とする法改正が行われ(民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律(令和5年法律53号))、ウェブ会議(映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法)により公正証書を作成することができることになりました。改正法のうち該当部分は令和7年12月までに施行されることになっています。

 検討にあたっては、『現行制度下において代理人による嘱託が認められていない遺言公正証書や、運用上公証人が嘱託人本人と直接面接することが求められている任意後見契約公正証書については、公証人が嘱託人本人の真意やその前提としての判断能力の有無を慎重に確認する必要性の高い類型の公正証書であるといえ、ビデオ通話の方法によることが相当かどうかは慎重に判断されるべきであると考えられる。』との指摘がありました3 。国会審議でも同旨の意見が示されましたが、この点に関する特段の規律は設けられず、嘱託人(遺言者)から申出があり公証人が申出を相当と認めるときはウェブ会議の方法により遺言公正証書を作成することができることとされています(公正証書は原則として電磁的記録をもって作成されることになります。)。

  • 3
    公証実務のデジタル化に関する実務者との協議会(令和5年3月)

まとめ

 この記事を書いている令和6年12月の時点では、公正証書遺言を残したいが公証役場に足を運ぶことができない方は、公証人に出張してもらう方法で公正証書遺言を作成するという方法が現実的ではありますが、最後に自筆証書遺言の活用について触れておきます。

 令和2年7月に始まった『自筆証書遺言書保管制度』です。自筆証書遺言を法務局に保管してもらう制度ですが、方式不備による遺言無効のリスクを回避するために公正証書遺言を作成したいという方には代替できる手続です。

 法務大臣の指定する法務局(遺言書保管所)に自筆証書遺言を保管してもらう手続で、遺言書保管官が民法968条の様式を備えた自筆証書遺言であることを確認して保管しますので方式不備による遺言無効という心配は回避できます。ただし、保管の申請をする際に遺言書保管所に出頭しなければならないので、特定の場所まで出向くことができないケースにおいて現状では利用ができません。

 ところで、現在、法制審議会民法(遺言関係)部会において、電子的な手段を用いて作成することのできる新たな遺言の方式(デジタル技術を活用した新たな遺言の方式)について検討が進んでいます。議論の中では新たな方式により作成された遺言の保管制度についても提案がなされており、仮に新たな保管制度においてウェブ会議による保管申請が認められることになれば、現状の自筆証書遺言書保管制度における保管申請も何らかの見直しが行われるかもしれません。

 遺言を残したいときにどの方式で作成するのが自分にとって最も適しているのか迷われることもあると思います。遺言作成にあたっては、この記事では伝えきれないこともありますので司法書士などの専門家にご相談されることをお薦めします。

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