相続登記の申請義務化に向けての日本司法書士会連合会の取組み・これからの相続業務について
1 はじめに
令和3年4月21日に成立した「民法・不動産登記法等の一部を改正する法律」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」が、いよいよ本年4月1日より、施行され相続登記の申請義務化が始まる。
上記法律の背景としては、所有者不明土地等の発生予防と利用の円滑化の両面から、総合的に民事基本法制を見直したものである。
具体的な発生予防として、登記がされるための不動産登記制度の見直し並びに土地を手放すための制度の創設である。
不動産登記制度の見直しとしては、相続登記・住所変更登記の申請義務化、相続登記・住所変更登記の手続きの簡素化・合理化などであり、土地を手放すための制度としては、相続等により土地の所有権を取得した者が、法務大臣の承認を受けて土地の所有権を国庫に帰属させることができる「相続土地国庫帰属制度」の創設である。
また、土地・建物等の利用に関する民法の規律の見直しとして、所有者不明土地管理制度等の創設、共有者が不明な場合の共有物の利用の円滑化、長期間経過後の遺産分割の見直しなどである。
そこで本稿では、本年4月1日に施行される「相続登記の申請義務化」への日本司法書士会連合会の取組み対応とこれからの相続業務について述べることとする。
2 日本司法書士会連合会の取組みについて
日本司法書士会連合会においては、本年4月1日に施行される「相続登記の申請義務化」へ向けて下記事業等を実施している。
(1)「相続登記相談センター」の設置
令和3年3月1日に、全国50全ての司法書士会に相談窓口として『相続登記相談センター』の設置を要請。
それに併せて、日本司法書士会連合会では、「相続登記相談センターwebサイト」を開設し、全国統一フリーダイヤル「0120 ‒ 13 ‒ 7832(いさんのなやみに)」(全国共通で1 つの電話番号)を取得した。
(2)司法書士制度150周年記念事業における広報等
相続登記申請義務化についての法改正の時期が司法書士制度150周年記念事業のタイミングと重なり、各ブロック司法書士会におけるその記念事業にあわせて下記のとおり相続登記申請義務化の周知広報をおこなった。
① 近畿ブロック会においては、令和3年3月6日「遺言・相続セミナー」として、「女優 高橋惠子さんと一緒に学ぶ! 相続登記・遺言」(座談会)、大阪法務局民事行政部長による基調講演「未来につなぐ相続登記」(講演会)、「変わる! 令和の遺言・相続」(講演会)を実施した。
② 北海道ブロック会においては、令和3年8月3日トークイベントとして「函館の夜、高橋惠子さんと相続を語り合う」を実施した。
③ 東北ブロック会においては、令和3年10月23日「相続・遺言セミナー ~女川で相続を語る女たち~ 座談会」「震災復興事業と相続登記について 講演」「遺言について 講演」を実施した。
④ 中部ブロック会においては、令和4年1月23日「高橋惠子さんと学ぶ 相続・遺言・成年後見セミナー ~えっ2024年4月1日から相続登記申請が義務になるって!?~」を実施した。
⑤ 九州ブロック会においては、相続登記の申請義務化等と司法書士の認知度向上を図る広報事業として、令和4年1月30日付西日本新聞等の朝刊に広告を掲載するとともに、ウェブサイトの立ち上げ・リーフレットの作成及び配布を実施した。
⑥ 四国ブロック会においては、令和4年3月26日四国四県で相続等に関する電話相談会を実施した。
⑦ 中国ブロック会においては、令和4年5月~ 相続登記の申請義務化と司法書士制度の周知を目的とした動画を制作し YouTube で配信するとともに、リーフレット等も制作した。
⑧ 関東ブロック会においては、令和4年10月9日遺言・相続セミナーとして「相続登記の申請が義務になる? 講演」「自筆証書遺言書保管制度の解説」「法定相続情報証明制度の解説」を実施した。
次に、日本司法書士会連合会において、下記の内容で記念式典及び全国一斉相談会を実施した。
司法書士制度150周年記念式典 令和4年8 月3日開催
山野目章夫教授(早稲田大学大学院)から「司法書士制度の150年を顧みる」をテーマに、基調講演をいただき、「日本司法書士史 平成前期編」の出版と「あらたな司法書士行為規範」の発表を行った。
全国各地域で活動されている司法書士会員より、司法書士制度を未来に繋げるつどい「司法書士の社会貢献活動の紹介」がされた。
全国の司法書士会、司法書士関連団体との共催による全国一斉「遺言・相続」相談会
令和4年8月7日午前10時から午後4時まで全国フリーダイヤルによる電話相談、対面による面談相談、WEB による面談相談を実施し、電話相談件数1,214件・面談相談件数 1,058件(うち WEB12件)の相談が寄せられた。
(3)「新たな財産管理人制度と司法書士 の実務~所有者不明土地等関連法令施 行後の現状~」とのテーマで、令和5年12月16日に研修会を実施
本研修会においては、法務省民事局の参事官より令和5年4月1日施行された新しい財産管理制度の状況等及び、改正法で創設された下記制度について説明がなされた。
① 特定の土地・建物のみに特化した管理を行う所有者不明土地管理制度、所有者不明建物管理制度
土地・建物の効率的かつ適切な管理が実現できること
所有者が特定できないケースについても対応が可能となること
② 管理不全土地・建物について、裁判所が利害関係人の請求により、管理人による管理を命ずる処分を可能とする管理不全土地・建物管理制度
管理人を通じて適切な管理を行い、管理不全状態を解消することが可能となること
また、実際に新しい財産管理制度の申立を行った会員から、既存の財産管理制度と新しい財産管理制度を横断的に整理し、どの制度を選択することが依頼者にとって最も良いかとの視点で、説明がされた。
最後に、新しい財産管理制度で実際に管理人に選任された会員から管理人業務等について説明がされた。
(4)令和5年12月25日に、~相続登記は司法書士 任せて安心、すぐに探せる「しほサーチ」~の司法書士ポータルサイトでの運用を開始
司法書士は、相続登記に関する法律専門家として、相続登記を必要としている市民の皆様が司法書士へ容易にアクセスすることができる環境を整備することが急務であると考え、各司法書士事務所に直接連絡することができる日本司法書士会連合会公式の司法書士ポータルサイトとして「しほサーチ」を開設した。
「しほサーチ」によって相続登記手続を必要としている方が司法書士を容易に検索できる環境を整備し、司法書士の社会的資源を最大限に活用していただき、相続登記の申請義務化等に係る情報の充実を図るだけでなく、それらの情報を適切に周知している。今後においては、日本司法書士会連合会が作成し、発信するパンフレット・チラシ等に、QR コードを掲載して、市民の皆様への周知徹底を図っていく。
(5)令和6年2月1日に、国土交通省との連携による「空き家問題の解消に向けた自治体と司法書士の連携に関するシンポジウム」を開催
平成27年2月26日に施行された、空家等対策の推進に関する特別措置法の一部を改正する法律が、令和5年12月13日に施行されたことに伴い、自治体とのさらなる連携強化を図っていくことを目的として開催した。
① 改正内容の柱として
所有者の責務強化策として、現行の「適切な管理の努力義務」に加え、国、自治体の施策に協力する努力義務の追加
② 活用拡大として
空家等活用促進区域・財産管理人による所有者不在の空き家の処分・支援法人制度の創設
③ 管理の確保として
特定空家化を未然に防止する管理・所有者把握の円滑化
④ 特定空家の除却等
状態の把握のための報告徴収権・代執行の円滑化・財産管理人による空き家の管理、処分
⑤ 固定資産税等の住宅用地特例に係る空家対策上の措置
特定空家・管理不全空家に対しては、住宅用地特例適用対象除外
上記内容等について、国土交通省住宅局住宅総合整備課 住環境整備室長から講演をいただき、テーマである自治体と司法書士の連携について、自治体の現場職員及び司法書士によるパネルディスカッションを実施した。
今回参加された800名近い受講者のうち、半数以上が全国各地の自治体職員の皆様方であり、今後の各地域における自治体と司法書士会・司法書士との連携強化の第一歩となった。
(6)令和6年2月9日に、「令和3年不動産登記法改正について」の研修ライブラリ教材の収録を実施
内容として、本年4月1日から実施される「相続登記の申請義務化」と「相続人申告登記」について、法務省の民事局付から説明がなされた。
特に注意すべき点としては、相続人申告登記は終局的な相続登記ではないため、この登記を申出したとしても、そのままでは売却等を行うことはできず、何ら所有者不明土地問題や空き家問題の解決にはならないことを念頭に置かなければならない。
また、上記を除いた本年4月1日施行分で、法人識別事項を所有権の登記事項に追加・国内に住所を有しない者の国内連絡先を所有権の登記事項に追加・登記事項証明書等におけるDV被害者等の住所の記載の特例措置について説明がなされた。
(7)令和6年2月17日に、「相続登記の申請義務化に向けた司法書士の活用セミナー」並びに「相続登記の申請義務化に向けた全国一斉「遺言・相続」相談会」を開催
令和4年8月7日に開催した全国一斉相談会を、本年も日本司法書士政治連盟、全国公共嘱託登記司法書士協会、公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート、司法書士国民年金基金、一般社団法人全国司法書士法人連絡協議会、NPO 法人渉外司法書士協会、全国司法書士女性会、全国青年司法書士協議会の協力を得て、全国の司法書士会とともに、オール司法書士で実施した。
今回は、初めての試みとして6か国語での相談に対応した外国語専用ダイヤルも設置し、司法書士の活用セミナーとして市民向けに、相続に関する落語公演・相続登記の申請義務化に向けた講演も同時に開催した。午前10時から午後4時まで全国フリーダイヤルによる電話相談、対面による面談相談、 WEB による面談相談を実施し、電話相談件数 874件・面談相談件数3,370件(うち WEB 相談12件)の相談が寄せられた。
(8)令和6年3月2日に、「相続登記申請義務化に関する研修会」をWEB配信により実施
本研修においては、関連する法律等について改めてその内容を理解するとともに、実務において司法書士が対応すべき執務を想定し、それに対応すべき執務内容や周辺業務についての検討を行い、司法書士に期待される業務や執務姿勢について議論を深めることを目的として、下記3部構成の内容で実施された。
① 山野目章夫教授による「相続登記申請義務化へ向けての司法書士の役割」
② 大谷太法務省民事局民事第二課長による「相続登記申請義務化と相続人申告登記の概要」
③ 「大相続登記時代に向けて、相続登記義務化における司法書士としての使命について」をテーマとして、山野目章夫教授と司法書士2名によるパネルディスカッション
3 司法書士の相続業務のこれから
相続登記の申請義務化が令和6年4月1日に施行されるが、施行前と施行後の相続業務の相違点として、下記事項に留意して業務を行う必要がある。
(1)相続登記の申請が法律上で義務となり、この義務化は令和6年4月1日施行より前の相続にも適用がある
この点において注意すべきことは、施行前に発生していた相続についても今回の相続登記の申請義務が課せられることを、相談者等へ周知していかなければならない。
(2)原則、相続から3年以内に相続登記を申請しなければならない
この点においては、「自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、その所有権を取得したことを知った日」が3年の起算日となるため、ケースによっては相続人毎にその起算日が異なることがある。
したがって、⑴の施行日前に相続した不動産で、相続登記が申請されていないものについては、令和9年3月31日までに、遺産分割によって不動産を取得した場合、遺産分割の日から3年以内にその結果に基づき相続登記を申請しなければならない。
また、遺産分割の結果不動産を取得しなかった相続人に対しては、言うまでもなく相続登記の申請義務はない。
(3)正当な理由なく相続登記の申請を怠った場合、10万円以下の過料に処することとされた
この点についての正当な理由として次の5 つがあげられている。それ以外においても個別事案における具体的な事情に応じ、登記をしないことの理由に正当性がある場合、「正当な理由」と認められる。
① 相続登記等の申請義務に係る相続について、相続人が極めて多数に上り、かつ、戸籍関係書類等の収集や他の相続人の把握等に多くの時間を要する場合
② 相続登記等の申請義務に係る相続について、遺言の有効性や遺産の範囲等が相続人等の間で争われているために相続不動産の帰属主体が明らかにならない場合
③ 相続登記等の申請義務を負う者自身に重病その他これに準ずる事情がある場合
④ 相続登記等の申請義務を負う者が配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律第1条第2項に規定する被害者その他これに準ずる者であり、その生命・心身に危害が及ぶおそれがある状態にあって避難を余儀なくされている場合
⑤ 相続登記等の申請義務を負う者が経済的に困窮しているために、登記の申請を行うために要する費用を負担する能力がない場合
また、登記官が義務違反を把握した場合、義務違反者に登記の申請をするよう催告書を送付し、催告書に記載された期限内に相続登記の申請がされない場合、登記官は、裁判所に対してその義務違反を通知するが、催告を受けた相続人から説明を受けて、相続登記の申請を行わないことにつき、登記官において「正当な理由」があると認めた場合には、裁判所への通知は行われない点も留意すべきである。
(4)相続人申告登記制度が新設された
この制度は、対象となる不動産を特定した上で、法務局に対して「所有権の登記名義人について相続が開始した旨」及び「自らがその相続人である旨」を申し出ることにより登記がなされる制度である。
相続人申告登記は、相続人が複数いる場合において、各々単独で申し出ることができる反面、相続登記の義務を履行したものとみなされるのは、申出をした相続人のみである点について留意すべきである。
(5)上記4つの留意点を総合的に判断して、過料の制裁を避けるために安易な法定相続登記をすることは、下記の点も考慮して、対応していかなければならない
・後日の遺産分割があるのであれば2回の登記と登録免許税の負担(更正登記は不動産1個につき1,000円)を強いることになる。
・共有名義にすることにより、将来権利関係が複雑化する恐れが大いにある。
結論として、良い方法と考えられるのは、相続が発生して自分が所有者となったことを知ったら、3年以内に遺産分割協議を行って、確定した相続人での相続登記をすることである。ただし、3年以内に遺産分割協議がまとまらないケースも少なくないため、その場合に「相続人申告登記」を視野に入れて対応していくものと思われる。
相続放棄した相続人には、相続登記申請義務化の適用はなくなるが、先順位の相続人が相続放棄したことによって、次順位で相続人となった人に相続登記申請義務化が適用される点に留意すべきである。
4 おわりに
今回施行された「民法等の一部を改正する法律」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」により、司法書士業務に与える影響は大きいものであり、その範囲は広範で多岐にわたるが、身近なくらしの中の法律家である司法書士としては、その制度趣旨及び内容を十分理解した上で、依頼者に対し適切かつ丁寧な説明とアドバイスをしていくことにより、今回の法改正に関する相談の解決へ導くものとなる。
日本司法書士会連合会として、本稿において記載した「相続登記相談センター」「しほサーチ」を市民の皆様に周知・利用いただくための制度広報を強化充実させていくとともに、司法書士の能力担保としてタイムリーかつ充実した内容の各種研修会等を実施していくので、司法書士会員におかれましては、ご参加ご協力の程お願いしたい。
本記事は、当連合会の機関誌である『月報司法書士』令和6年4月号に掲載された論文を転載しています。